アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所を訪れて
冬休みにポーランドのアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所に行ってきました。2014年にオーストリアのマウトハウゼン強制収容所に行って以来、アウシュヴィッツも是非一度訪れたいと思っていました。
アウシュヴィッツ強制収容所はドイツナチスによるホロコースト(第二次世界大戦中のナチス・ドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺)の舞台になりました。過去に行ったマウトハウゼンは強制収容所に分類されるのに対し、アウシュヴィッツは最も過酷な環境の施設として絶滅収容所に分類されます。通称「負の世界遺産」として、ユネスコの世界文化遺産にも認定されています。
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ポーランドの都市クラコフから、レンタカーに乗ってポーランド南部オシフィエンチム(Oświęcim)市に向かいます。
施設入り口には、有名なスローガン「ARBEIT MACHT FREI」(働けば自由になる)の看板があります。よく見るとBの文字が不自然な文字(上下反対にしたような形)になっています。これは作った収容者のささやかな抵抗だったという説もありますが、単に当時の流行していたフォントだったとも言われています。
【訳】アウシュヴィッツはナチスドイツ最大の収容所で、1940年から1945年の間に、少なくとも130万人がこのアウシュヴィッツに送られました。うち、ユダヤ人が110万人、14万人がポーランド人、2万3千人がローマ、1万5千人がソビエト、2万5千人その他の囚人です。このうち、収容人数全体の90%に相当する、110万人がこの施設内で死にました。その殆どが、ガス室で殺されました。
と書かれています。死者数なんと110万人ですよ、110万人。秋田県の人口とほとんど同じくらいでしょうか、数が大きすぎてもはや想像が及びません。
有名な囚人服のディスプレイ。壁には被害者の写真が並んでいます。
施設内にはベルギーやフランスなど、各国の展示がありました。
ここは現代美術館のような雰囲気でした。
収容されていた人の顔写真、国籍、年齢などがディスプレイされています。 弁護士・エンジニア・セールスマンなど様々な職業の人がいました。
この後は、展示(没収されたかばんや髪の毛の展示が印象的でした)や囚人用の窮屈な寝床を見て、地下のガス室にも行きました。
続いてビルケナウ。アウシュヴィッツから車で5~10分くらいです。収容されていた囚人は、電車に乗って、まずここに運ばれてきました。
電車の車両には花が。
3m以上はある、内側に反り返った高い鉄格子。当時は鉄線に電流が流れていて銃を持った見回りもいたので、脱出は不可能だったのでしょう。
アウシュヴィッツ見学は、過去の戦争のこと、人間の残虐性・罪深さとかこれからの平和のこととか、色んなことを考えるいい機会になりました。ドイツ人の同僚に「冬休みどこに行ったの?」と聞かれて、「アウシュヴィッツ」と言っても問題ないのだろうか。そこが気になる・・・
ちゅーす
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